秋のブダペスト、コンサートシーズンの始まり
9月も後半になりました。
この時期になると、ふと思い出すのが秋のブダペストです。
僕がハンガリーへ留学したのは2002年。
留学した最初の年から、秋はコンサートラッシュでした。
まだハンガリーでの生活が始まったばかりだというのに、いきなりサカーイ・アーグネシュ先生と一緒に、バッハの「2台のバイオリンのための協奏曲(ドッペルコンチェルト)」をツィンバロン2台がソリストで、ELTEオーケストラと共演することになりました。
その演奏はラジオでもオンエアされました。
今考えてみると、留学したばかりの僕にとって、ずいぶん刺激的なスタートだったと思います。
当時のレッスンは、普通の「レッスン」というより、ほとんど次のコンサートのためのリハーサル。
次から次へと本番がやってきます。
でも、そこで得たものはあまりにも大きなものでした。
「本番だけは気合いでなんとかなる」は妄想
留学中のコンサートを思い返すと、日本でいう「ゲネプロ」のようなものを、ほとんどやった記憶がありません。
それまで積み重ねてきたものを、そのまま本番で出す。
そんな感覚でした。
もちろん、ツィンバロンという楽器の事情もあります。
ツィンバロンは本番ギリギリまで調律をしていることも多く、そもそものんびりゲネプロをやっている時間などありません。
だからこそ、毎日の練習がそのまま本番につながっていました。
今になって思うのは、
「日々、弾けていないものが、本番で突然弾けるわけがない」
という、ごく当たり前のことです。
「本番だけは気合いでなんとかなる!」
……そんなものは、ただの妄想なのかもしれません(笑)。
毎日の基礎練習は、本当に大切です。
ただし……
練習したからといって、本番が必ずうまくいくわけでもない。
これがまた、演奏というものの難しいところです。
レッスン室とホールは、まったく違う
ツィンバロンには、ピアノのような反響板がありません。
そのため、自分の練習部屋で弾いているときと、大きなホールで弾いているときでは、音の返り方も、弾いている感覚もまったく違います。
広い空間では、自分が音を出してから、その音が返ってくるまでにタイムラグを感じることがあります。
これは文章では、なかなかうまく説明できません。
結局は、いろいろなホールで弾き、いろいろな響きを身体で経験していくしかないのだと思います。
僕自身、今でも本番のたびに、
「まだまだ修行中だなぁ……」
と痛感します。
朝から晩までツィンバロンを弾いた日々
それでも、ハンガリーで毎日、朝から晩までツィンバロンを弾いていた時間は、僕の人生の中でかけがえのないものでした。
当時は、それが特別な時間だなんて考える余裕もなかったような気がします。
レッスンがあり、リハーサルがあり、コンサートがあり、また練習する。
ただひたすら音楽の中にいました。
20年以上たった今になって、あの時間を与えてもらえたことに、ただただ感謝しています。
秋のブダペスト
9月になると、ブダペストは朝晩の気温がぐっと下がります。
昼間との寒暖差はありますが、とても過ごしやすい季節でした。
そして、あと2か月もすれば気温が零下になる日もしばしば。
少なくとも僕が留学していた頃は、そんな気候でした。現在のブダペストはどうなのでしょう。
秋が深まるにつれて、街路樹の葉がオレンジ色に染まり、やがて地面いっぱいに落ち葉が広がります。
あの景色が、なんとも言えず美しいのです。
華やかな観光写真のブダペストとは少し違う、静かで、少し寂しくて、それでも温かい。
僕は秋のブダペストが大好きでした。
今年はドナウ川が渇水状態になっているという話も耳にして、心配していました。
今はどうなっているのでしょうか。
毎日、音楽三昧で過ごしていたハンガリーでの生活。
秋になると、あの頃の空気や街の匂いまで思い出すような気がします。
先生や同級生たちは、元気にしているかなぁ…。
もう一度、みんなに会いたいなぁ。