バッハから『ばけばけ』まで ハンマーダルシマー、アイリッシュの先にある世界
打弦楽器と歩んだ45年 サントゥールからツィンバロンへ
僕が打弦楽器を始めたのはサントゥールから。
大阪音楽大学に在学中、サントゥールに没頭してイラン留学まで考えてた。
でも当時、中東は戦時下。夢を諦めざるを得なかった。
それもあって、次に手にしたのがハンマーダルシマーとツィンバロン。
最終的に辿り着いたのは、やっぱりツィンバロンだった。
ハンマーダルシマーとの出会い 1992年
僕がハンマーダルシマーを始めたのは1992年。
当時、日本でダルシマーを弾く人なんてほとんどいなかった。
きっかけはソニーミュージックエンターテインメントのオーディション。
そのオーディションに合格して仕事を始めた時、担当ディレクターが北海道のグループ『SACRA』を紹介してくれた。
そこでダルシマーを弾いていたのが小松崎健さん。
ディレクターにもらった『SACRA』のCD「ついのすみか」。
その世界観が大好きで、毎日聴いてた。
ディレクターが小松崎さんと僕を繋いでくれたんです。
当時はまだインターネットが普及してない時代。
僕は手紙で「どうしたらダルシマーを手に入れられますか?」って聞いた。
小松崎さんは丁寧に『Dusty Strings』というメーカーと住所を教えてくれた。
すぐ手紙を書いてカタログを取り寄せ、カスタマイズもして。
アメリカから自分のダルシマーが届いた時の嬉しさは、今でも忘れられない。
教本も楽譜も全部英語で難解だったけど、
それを1つずつ読みながら、少しずつダルシマーを始めた。
アイリッシュへ、そしてバッハへ
でも不思議と、僕のダルシマーはアイリッシュの方向に行くのでした。
もちろん僕はアイリッシュが大好き。
アイルランドを3週間かけて全土を回り、
毎日パブでギネスを飲みながらセッションして、自分も弾いた。
完全にハマってしまった。
松江は小泉八雲と深い関係があるから、アイルランドとの交流も盛ん。
松江でもアイリッシュのコンサートをたくさんやってきた。
でもその後、僕はツィンバロンの世界へ本格的に向かうんだけどね…
4つの打弦楽器の違い
今、我が家にはサントゥール、ハンマーダルシマー、揚琴、ツィンバロンがある。
同じ打弦楽器でも、音も鳴り方も全然違う。
ハンマーダルシマーはアイリッシュでよく使われるD-Dur、G-Dur、C-Durが弾きやすく作られてる。
僕のはクロマティック・ダルシマーだから半音階は全部あるけど、
半音を順番に弾くのは正直難しい。
アイリッシュだけじゃ物足りなくなって、バッハに手を出してしまった。
選んだのは無伴奏チェロ組曲第1番 G-Dur。
ダルシマーで弾くのは本当に大変で、コンサートでは集中力がいる難曲。
それでも「ダルシマーでバッハが弾ける」って新しい世界が広がる予感がした。
30年後のハンマーダルシマー世界
ハンガリー留学5年間。帰国した時は浦島太郎状態。
日本の打弦楽器界は大きく進化してた。ダルシマー奏者も増えた。
ここ数年、僕の専門となった「ツィンバロン」から少し離れて「ハンマーダルシマー」の世界を覗くと、
アニメの劇伴、朗読劇、オリジナル曲でカッコいいバンド…
30年前の僕がハマってた世界とは全然違う、新しい世界を作ってる人がたくさんいる。
本当に素晴らしいことだと思う。
僕はダルシマーでトレモロを使うのが苦手だった。
うまく弾けなかったから、避けてた。
アクセントの前打音は使うけど、トレモロは使わない。
そんな中で注目してるのが、ダルシマー奏者のMiMiさん。
トレモロを美しく華麗に弾く。
きっとハンマー(バチ)の研究も重ねてきたんだと思う。
テンポに合ったトレモロのスピードや音数。
ピアノ科出身の音楽的基盤があるからこその美しさ。
しかもMiMiさんはバッハも華麗に弾く。
僕にはとても真似できない…
MiMiさんのバッハ演奏、許可をいただいて紹介します。
チェンバロとのアンサンブルで音色がに似てると思うかもしれないけど、
しっかりダルシマーの存在感を出されてる。
ところどころにMiMiさんらしいトレモロ。
ハンマーダルシマーの世界は、アイリッシュだけじゃない。
新たな世界が広がってる。素敵なことだと思う。
昨年度『ばけばけ』と松江
昨年度、NHK朝ドラ『ばけばけ』があった。
僕の住む松江は大盛り上がりで、
僕もツィンバロンだけじゃなくダルシマーを弾く機会が増えた。
中世ヨーロッパの曲から現代曲まで、いろいろ弾いてるけど。
もちろん『ばけばけ』のテーマ曲「笑ったり、転んだり」も。
でもやっぱりトレモロは苦手…。
MiMiさんは本当に上手にトレモロを弾く。
憧れるなぁ…。