20年目の“成人式”と、1枚の写真

ブダペストのコンサートホール。背景の壁に日本の日の丸とハンガリー国旗が並んで掲げられている。舞台中央で2台の明るい木製のツィンバロンVSIANSKYが左右に置かれ、若い斉藤浩さんと金髪の女性が譜面台を挟んでツィンバロンを演奏している。斉藤さんは青いシャツに黒いベスト、手にバチを持ち真剣な表情。右側の女性はヘレンチャール・ヴィクトーリア師匠で、眼鏡をかけ濃い緑の衣装を着て楽譜を見つめている。床は大理石調、木の梁が見える温かい空間。


昨日、相棒のツィンバロンの弦を優しく撫でた。
「いままで一緒にやってきてくれて、ありがとう」

その気持ちがあふれて、昔の写真を整理していたら、1枚の写真が出てきた。

20年前。ツィンバロンのディプロマを取得した直後のこと。
師匠ヘレンチャール・ヴィクトーリア(世界ツィンバロン協会会長)が、僕の“巣立ち”を後押ししてくれた。
ハンガリーとスロバキアの6都市でデュオコンサートを企画してくれたのだ。

この写真は、そのツアー最後の地ブダペストでの公演。
背後に並ぶ日の丸とハンガリー国旗。
僕の横で、ツィンバロンを弾く師匠の横顔。

その時の師匠の優しさは、今も僕の胸に残っている。
と同時に、「ツィンバロンの専門家として日本で活動していくんだ」
腹を括った瞬間でもあった。

あれから20年。

両眼の手術。東日本大震災。新型ウイルス。
「もう音楽を続けていけないかもしれない」
心が張り裂けそうになる夜もあった。

でも、乗り越えた先に、子供の頃からの夢が現実になった。
N響さんとの共演。大河の音楽に関わること。
まさに神様からのギフトのような出来事だった。

そして故郷・松江の観光大使に委嘱された。
生まれ故郷と、第二の故郷ハンガリーを、少しずつ繋げていける気がしている。
それが、僕の次の夢だ。

20年。日本では成人になる歳。
子供の頃に抱いた夢が、ここ数年で全部叶ってしまった。

ツィンバロン奏者になるまで、帰国してからも、
本当にたくさんの方々にお世話になり、支えられてきた。
今の斉藤浩があるのは、皆さんのおかげでしかない。

僕にできること。
それは、新たな夢を現実にしていくこと。
それが、恩返しになるような気がしている。

20年目の今日、相棒の弦に触れて誓う。
これからの音も、感謝の音にしていきたい。

2026年6月1日
ツィンバロン奏者 斉藤浩


2026年06月01日