僕の中では、まだ「べらぼう」は終わっていない


大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』が放送されていたのは、もう一年前のこと。

最近、ふとした瞬間に、あの頃のことをいろいろと思い出します。

レコーディングのこと。
毎週、放送を楽しみにしていたこと。
そして昨年の夏に開催した「ありがた山のコンサート」のこと。

あのコンサートは、本当に楽しかったなぁ。

キャストの方々もたくさん登場されて、オーケストラの後ろには巨大モニターに映像も映し出されて、東京公演も神戸公演も最高に盛り上がったコンサートでした。

一年経った今、しみじみと思い出しています。


僕が好きなのは、メインテーマだけではありません

『べらぼう』というと、やはり最初に思い浮かぶのは、あのカッコいいメインテーマかもしれません。

もちろん僕にとっても、とても大切な大切な曲です。

でも、僕は劇中で使われていた音楽も大好きなんです。

ドラマの中では、ほんの短い時間しか流れない曲もあります。

それでも、登場人物の気持ちや、その場面の空気をふっと変えてしまう。

「この場面でこの音楽が来るんだ…へぇ~、意外な選曲。でもピッタリ!!」

放送を見ながら、何度もそんなことを思いました。

そしてこの秋のコンサートでは、そんな『べらぼう』の名シーンで使われていた曲も、少しだけ演奏してみたいと思っています。


聴くだけで涙が溢れてくる「Freedom」

劇中音楽の中でも、僕にとって特に印象に残っている曲があります。

「Freedom」。

僕はこの曲を聴いていると、今でも自然と涙が溢れてくるような感覚になります。

悲しいだけではない。

何かから解き放たれて、まだ見たことのない、もっと広い世界へ向かっていくような…。

そんなことを感じる曲です。

そしてこの曲を思うと、作曲家のジョン・グラムさんが僕に伝えてくれた言葉を思い出します。

『ツィンバロンの音色はグローバルなんだ。西洋とか東洋とか…、そんな音ではない。このヒロシの奏でるツィンバロンの音色は、蔦重がより広い世界へ目を向けるきっかけとなる、「ひらめきの音」なんだよ。』

僕は、この言葉を今でも忘れることができません。

ツィンバロンという楽器が、江戸を描いた物語の中で鳴る。

一見すると、とても遠いところにあるもの同士かもしれません。

でも、その音が蔦重の「まだ見たことのない世界」へ向かう気持ちと結びついた。

演奏者として、こんなに嬉しいことはありません。

そして僕自身にも、忘れられない瞬間があります。

僕が初めてツィンバロンを目にした時の、あの驚きと感動です。

「こんな楽器が世界にあるんだ」

あの時に感じたものは、今でも僕の中に残っています。

この秋のコンサートでは、ほんのワンフレーズですが、僕自身が初めてツィンバロンに出会った時の驚きや感動を思い出しながら、そして『べらぼう』のあのシーンを思い浮かべながら、皆さんにも聴いていただきたいと思っています。


ピンチをチャンスに変える

そしてもう一つ。

『べらぼう』を見ながら、僕が何度も感じていたことがあります。

蔦屋重三郎という人は、何か大変なことが起きても、そこで終わらない。

思うようにいかない。
道を塞がれる。
それでも、そこから別の道を探していく。

「このピンチを、どうやったらチャンスに変えられるだろう」

そんなふうな考え方をする人だったように、僕は感じていました。

地震、災害、そして戦争…。

つらいニュースを耳にするたび、心が痛くなります。

もちろん、現実の災害や戦争による苦しみを、簡単に「チャンス」という言葉に置き換えることなどできません。

それでも、どうにもならないような状況に置かれた時に、そこで立ち止まるだけではなく、「では、ここから何ができるだろう」と考える蔦重の生き方は、今を生きる僕たちにも、何か大切なことを教えてくれているような気がします。


だから、僕の中ではまだ終わっていない

ドラマの放送は終わりました。

レコーディングも、もちろんずっと前に終わっています。

それでも僕の中では、『べらぼう』はまだ終わっていないような気がしています。

あの作品で出会った音楽。
レコーディングで感じたこと。
ジョンさんからもらった言葉。
そして、ツィンバロンという楽器に初めて興味を持ってくださった方々。

それらは今も、僕の演奏の中に残っています。

だから、この秋。

『べらぼう』の名シーンを彩ったメロディーを、僕自身のツィンバロンでもう一度奏でてみたいと思います。

ドラマを見ていた方には、

「ああ、この曲……!」

と思い出してもらえるかもしれません。

そしてドラマを知らない方にも、一つの音楽として楽しんでもらえたら嬉しいです。

僕の中では、まだ「べらぼう」は終わっていない。

あの作品からもらったものを、これからの演奏の中でも少しずつ伝えていきたいと思っています。

2026年09月09日